Mulindi Japan One Love Project

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2004年6月発行

Preface

日本とルワンダを往復すると、それぞれの良いところと悪いところが見えてくる。住めば都と言うけれど、住めば住むほど、悪いところも見えてくる。ただ旅行者でいた頃は、良いことしか見えなかったけれど、今は悪いところが先に目に入ってしまう。ああ、またあの頃の純粋な気持ちに戻りたい…。
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ご挨拶

ワンラブを応援してくださっている皆さま、こんにちは。暑くなり始めたこの季節、例年通り、今年も日本に戻ってまいりました。 皆さまのご協力・アドバイスには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

前号でもお伝えしましたが、今年ルワンダは虐殺から10周年を迎えました。4月には各地で追悼式が行われ、ルワンダ国民はいろいろな思いを胸にしたことと思います。

この活動は、私ルダシングワ(吉田)真美が一人の足に障害を持つルワンダ人に会うことから始まりました。国を追われていた彼の、祖国に対する思い、国造りに自分の力を注ぎたいという情熱に心を打たれたことを、昨日のように思い出します。それから何年か経ち、ワンラブは今の姿となりました。

ルワンダの人々が、忌まわしい虐殺から立ち直ろうとする歩みは、ワンラブがルワンダと共に生きていこうと、彼らと一緒に進んできた歩みと重なります。ルワンダにいると、自分が歴史の一部分になっているということを常に感じながら生きています。

小さな、そして個人的なきっかけから始まったワンラブですが、今はたくさんの善意に囲まれ、ここまで成長することができました。本当にどうもありがとうございます。

10年は一昔と言いますが、私にとってもあっと言う間の10年でした。でもルワンダの人々にとっては、長い、苦悩の10年だったのではないでしょうか?人々は今もあの頃の出来事に胸を痛めています。

私たちにできることは、その傷を癒すために後ろから支援していくこと。それをこれからも続けていきたいと思います。

今年もルワンダを伝えるために報告会を開きます。一人でも多くの方にご参加いただき、葛藤を続けながらも前進を望むルワンダの人々の現状を知っていただきたく思います。

そしてこれからもワンラブの応援をよろしくお願いします。ルワンダの未来を一緒に考えてください。皆さまのお力が、ルワンダの人々の未来につながっています。

日本事務所代表
ルダシングワ(吉田)真美

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雨と埃と泥の戦い、そして緑

ルワンダはそろそろ雨季も終わり、乾いた季節を迎えています。雨季が始まったルワンダは、木々の緑が一斉に鮮やかになり、まぶしいくらいです。けれども降る雨の量は半端ではありません。傘をさしてもだめです。そんな時はみんな、軒先で雨宿りをしています。そしてそのおしゃべりは、彼らにとってとても大切なひとときです。

トタン屋根の多いルワンダでは、雨が降ると会話ができません。雨の音がうるさくて、大声を出さないと聞こえないからです。雨が止んだあとの町は、埃が落とされてきれいです。でもみんなの足元はぐちょぐちょ。日本にいると靴磨きをめったにしませんが、ここでは靴墨とブラシは生活の必需品です。みんなすぐに泥で汚れてしまうにもかかわらず、せっせと靴磨きに励んでいます。

さて、乾季を迎えたルワンダ。今度は埃との戦い。毎日拭いていても、机の上は赤い土ぼこりがたまります。仕事が終わり、鼻をかむと真っ黒です。そして手を洗った石鹸も真っ黒です。

その時期になると、あちこちで喉を痛めた人が目立ちます。コンタクトを愛用している私は、この季節とてもつらいです。でも日本のようにコンタクトが普及していないルワンダ。みんなの前でコンタクトをはずすと、驚いたように見ています。田舎のほうに行くと、子供たちに「マジック」とさえ言われてしまいます。

ルワンダにはこのように乾季と雨季がありますが、どちらの季節も捨てがたい。乾季の方が仕事はスムーズに行われます。スタッフの遅刻も減ります。いわく、雨だと交通手段が少なく、すぐ満員になってしまい、乗れなかった。だから遅れた、と。あるいは傘がない、雨宿りしていたなどなど。確かにどれも立派な理由です。でも仕事に関しては、最近はこの理由は一切認めない私です。それを認めてしまうと、きりがなくなってしまいます。そうそう、なぜか雨季になると、水道の調子が悪くなり、断水することもしばしば。 そして電話回線もつながりにくくなります。だから雨季は、私にとって恐怖の時期でもあります。

思えば、ワンラブを始めた頃、まだ水道が整っていない時、雨が降ると軒下にたらいやバケツを置いて雨水を貯めたものです。今ではそれはなくなりましたが、田舎の生活はたぶん、そんなことを繰り返しているのでしょう。

日本のように四季はないけれど、雨で季節を知るようになったこの頃です。アフリカの地方によっては、雨季を迎えた数で、自分の年を数えるとか。その気持ちが、なんとなく最近はわかるようになってきました。

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建築再開

資金の不足から、しばらく建築を中断していた、職業訓練校および日本とルワンダの文化を伝え合う学校の建設が再開しました。 2003年末に外務省に資金援助をお願いし、その申請を受けてくださいました。2年近く建築を中断し、建物の傷みも出てきてしまっていたため、早急に工事を再開しなくてはいけないとあせっていたので、非常にありがたく、今回日本に来る前に、ケニアの日本大使館に立ち寄り、お礼の言葉を伝えてきました。大使はとても気さくな方で、お忙しいであろうにもかかわらず、相談に乗ってくださいました。

この学校建設で支援を下さった皆さま、本当にご心配をかけてしまいました。進捗状況については、これからもワンラブ通信を通してお伝えします。乞うご期待!

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傷が癒えるのは、いつ?

今年はルワンダにとって、ひとつの区切りをつけようとしている年です。1994年に虐殺が起こってから毎年4月には、追悼式が行われていましたが、今年は各国の元首・要人を呼んで厳粛に行われました。

当日、私もその式典に参加するつもりでいたのですが、混乱も予想されるため、また行事は夜中まで続くと言うことで、テレビでその様子を見ていました。

その時の様子を語る人々、大統領や要人からのメッセージ、詩の朗読など、さまざまなことが行われました。式の途中で、こらえ切れなくなった人々が叫びます。10年経った今でも、当時を思い出して、トラウマに襲われる人のなんと多いことか。一部では「やらせではないか?」と言う心ない意見もありましたが、なぜそのようなことが言えるのでしょう?目の前で、父や母を、愛する人を殺された。自然に死んでいくのではなく、罪もないのに、人の手によって、切り刻まれ、辱められ、苦しんだ挙句、殺された。彼らの気持ちが本当の意味で癒えることはないのではないでしょうか?

キガリの町から少し離れたところに、亡くなった人たちを偲ぶ記念館が4月にオープンしました。誰でも入ることができます。

4月の、ある日曜日、ガテラの親戚の青年の父親の遺体が見つかったので、その他に掘り起こされた人たちと一緒に葬儀を行うと言う知らせを受け取りました。彼の遺体はこの記念館の横にある墓地に埋められると言う。10年経った今も、遺体は掘り起こされ続けています。着ていた洋服などから遺族を探し出し、やっと安らかな眠りにつくために、お墓に入れられます。

その葬儀が終わった後、記念館を訪れました。外国からの資本が入ったと言うだけあって、とてもきれいに作られています。整然とし過ぎているくらいです。ルワンダの歴史が、ルワンダ語・フランス語・英語を使い、時代を追って説明されています。植民地化される前、植民地となってから、そして虐殺が起こるまで、起こったときの様子、その後。別の展示場ではアウシュビッツなど、世界のホロコーストが紹介されています。

私が一番胸を痛めたのは、部屋いっぱいに飾られた写真でした。きっと、それぞれの家族が持ち寄ったのでしょう。みんなで撮った写真、結婚式の様子、子供と遊ぶお父さん、そんな写真たちが部屋中に飾られています。ルワンダは小さな国なので、ガテラの知っている人たちの写真もたくさんあるようです。

そして別の場所には、幼くして殺されてしまった子供たちの写真。その子の好きな食べ物、得意なこと、そしてどんなふうにして殺されたかがコメントとして書かれています。ある子は壁に叩きつけられ、ある子は生きたまま火をつけられ…。その子供の中に、自分と同じ「マミ」という名前の子供がいました。その名前を見たとき、私は泣きました。そこの国に生まれただけで、そして敵対する部族であったと言う理由だけで殺されてしまった子。

みんないろいろな未来を見つめていたと思います。愛する人と幸せになりたい、そんな普通のことを望んでいたに違いありません。

ルワンダで生活をするようになってから、たくさんの話を聞きました。苦しまずに、手足を切り刻まれずに殺されるためにお金を払って、銃で殺してくれるよう頼んだ男性。生き延びるためにレイプされることを受け入れ、女性として一番つらい思いを胸に秘め、日々暮らしている人。

この記念館を訪れている間にも、泣き叫び、外に連れ出される人が何人もいました。

彼らの傷はまだ癒されていません。彼らの生があるうちには癒されることはないでしょう。

苦しみから時間が経つと、一部の人たちは、特に外国からルワンダを見つめている人たちは「もういい加減に忘れて、前を向こう」と無責任なことを言います。確かに前を向いていくことは大切なことだと思います。そうしないと、進むことができないから。でもそんな傷ついた人たちと毎日暮らしていると、私にはその一言を言うことができません。暮らせば暮らすほど、彼らの心の傷の深さに気がつきます。そして彼らの葛藤する心、そして過ちを繰り返さないようにしようという強い心に、尊敬の念を覚えます。「僕たちは戦い、憎しみ合うことに疲れてしまった。生きていくことは偶然に過ぎない。だから自分でできることを、今やるだけだ」私の相棒のガテラは言います。

これからさらに5年、10年と経ち、その時人々は何を感じるでしょう?

私はルワンダの人たちの、この前向きな気持ちがあれば、きっと良い国になると信じています。ルワンダが成長するのと一緒に、ワンラブも前進していくことを、いつも夢見ています。

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パラリンピックの行方

ワンラブ通信でも逐一情報を伝えてきました、パラリンピック。ルワンダでの状況を少しご説明させていただきます。

現在選手たちは,強化トレーニングに入り、アテネ大会に向けて、気合を入れている最中です。

さて、私たちワンラブも、2000年のシドニーパラリンピック以来、障害者スポーツに力を注いできました。皆さまからは、パラリンピック出場のためにと、ユニフォームや支援金などをいただき、本当にどうもありがとうございます。

まだ詳しい人数や種目などは調整中ですが、今回のアテネ大会にもルワンダの選手は出場する予定です。

しかしながら、選手として出場しようと意気込んでいたガテラや、オフィシャルとして参加するつもりでいた私は、恐らく今回は参加しないこととなりそうです。シドニーから4年、ルワンダでの障害者スポーツの組織作り、選手たちのトレーニングなどに、支援を続けてまいりましたが、世代の交代と言うことを感じている日々です。

私たちは2000年に、ルワンダとして初めてパラリンピックに参加するという名誉を得ることができました。そしてそれは、とても気持ちの良いことでした。しかし、その感動を私たちだけで独占してしまうよりは、新しい世代の人に味わってもらいたい、そして彼らが自分たちの力を試す場所を提供していきたいと思い、そのイニシアチブを若い世代の人たちに受け継ごうと決心した次第です。

もちろん、これからも障害者スポーツを支援し続けることは変わりありません。でもこれからは、前面に出るのではなく、後ろからサポートする形を取っていこうと思っています。

私たちが、ルワンダで障害者支援を始めた当時から願っていたことは、若い人たちにチャンスを作っていくと言うことでした。それは、義足を作ることについても、ワンラブを運営していくと言うことについても、スポーツをすることについても同じでした。私たちはレールを敷けばよい、そしてそのレールのほころびを直しながら、ついて来てくれる人が見つかればよい、そう思っていました。

今回のアテネ・パラリンピック、もちろん参加したい気持ちは人一倍あります。でも4年に一度と言う少ないチャンスを、私たちが独り占めしてしまうことは心苦しく、今回の決断を下しました。

以上のような理由により、アテネ大会の開会式では、元気に行進するガテラの姿を見ることができないかと思いますが、期待してくださっていた皆さま、ごめんなさい(でもガテラは相変わらず、練習に励んでいます)。

しかしながら、今後も彼らのスポーツについては、支援を続けますので、更なる皆さまのサポートをよろしくお願いします。

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おばばの愚痴

時々ルワンダで、自分も含め、外国から来た人間の礼儀や姿勢にに頭をかしげることがあります。

礼儀について、それを強く感じたのは、虐殺10周年の追悼式のとき。スタジアムの壇上には、カガメ大統領をはじめ、政界の要人、そしてたくさんの国から来賓として招かれた大統領や重要人物が並んでいます。

そしてこの式典を伝えようと、各国から報道陣もやってきています。

しかしその報道陣の礼儀のなさにはがっかりしてしまいました(注:これについては日本の報道陣ではありません)。大統領たちを前に、カメラを構えているのですが、その姿は短パンであったり、あるいは式典に飽きてしまったのだか、寝転がって頭に水をかける姿も見られます。

例えば、それらの人たちは、ブッシュ大統領の前でも同じような姿をさらすのでしょうか?やはり短パンはまずいのではないでしょうか?どうもその姿には「第三世界」を見下す気持ちが見受けられます。うん、そうそう、それからよく行くスーパーでは、裸足で歩いている外国人を見かけた。確かに靴は蒸れて暑い。ルワンダでは靴をはかない人も、確かにいる。でもそれとは違うんでないの?それともその人はヒッピーを気取っているのか?

またこれは、ワンラブのレストランでの光景。西洋の女性が、一人のルワンダ人男性と恋仲らしく、ひっそりと寄り添いながらお酒を飲んでいる。そのうちに女性は酔っ払ってしまったのでしょう。だんだん大胆になり、テーブルの上に足を乗っけてしまいました。それを見て困っているルワンダ人男性。とても気の毒になりました。ルワンダの女性は、お酒はたしなむけれども、決してこのようなだらしない姿は見せないような気がします。少なくとも公衆の面前では。

以前、お掃除をしてくれる女性にタバコを買ってきてもらうようお願いをした(今はタバコやめました)。それまでゴムぞうりをはいていた彼女は、おもむろに足にクリームを塗り、靴に履き替えた。タバコ屋は目の前である。多分私だったら、そのままぞうり姿で行くであろう。彼女いわく「ルワンダ人がそのまま行ったら、笑われる。あなたは外国人だから、みんなも大目に見て、許すのである」

それから気になるのは、女性の一人旅。ワンラブにも時々旅行の最中に足を運んでくれる人がいます。でもその無防備さに呆れてしまうことしばしば。正直なところ、日本人女性はもてます。多分これは世界のどこを旅しても、女性ならば実感することでしょう。でも声をかけてくる人の心の裏、つまり相手が何を求めているかと言うことを探る能力が、ひたすら弱い!と私は断言します。それはあなたの持っているお金かもしれません。ずばり、あなたのからだかもしれません。あるいは日本に行ってチャンスをつかみたいと言うことかもしれません。

しかし!なぜ自分を一番守らなくてはいけない一人旅と言う状態の中で、あなたたちはそんなに無防備になってしまうのでしょう!それとも、こんなことを感じると言うのは、私が年取ってしまったと言うことでしょうか?

町で話をして、仲良くなった。認めましょう。でも何故すぐにその人の家に遊びに行ってしまうのですか?町で声をかけられた。でも何故その人の車にすぐ乗ってしまうのですか?それとも、あなたたちは日本でも同じようにしているのでしょうか?

思うに。

旅行者は親切にされると、すぐに「この人は良い人だ」と言う判断をしてしまいます。つまり、旅行しながら神経を使っているので、優しくされると、ついそのまま受け止めてしまいたくなるのですね。でも違うのである!もちろん親切な人はたくさんいます。私もそれで助けてもらったことは何度かあります。

でも!私が腹を立てているのは!

日本でやらないことを、何故海外でしてしまうのかと言うことです。日本でも初めて会った人の車に簡単に乗らないのに、海外で親切にされたということだけで乗ってしまう。これはちょっとまずいんでないの?

最近は日本も物騒になり、あちこちで事件が起きているようです。でもまだ海外と比べると、治安は非常によろしい。旅行をしているときは自分が頼りです。六感を働かせながら、動き回らなくてはいけません。

でもね、日本でやらないことを平気で海外で(この場合はルワンダ)してしまう旅行者を見ると(旅行者に限らないのかもしれませんが)、ルワンダに感情移入をしている私は、ルワンダが馬鹿にされているような気がしてしまうのです。これは私一人が感じていることだろうかと、ガテラも含め、ルワンダの人たちに、彼らの無防備さを問いかけました。その結果、ルワンダの人たちも、彼らの姿をあまり好ましく思っていないようです。やはり、その国にはその国の守らなくてはいけないルールがある。旅行者とはいえ、その国に入るのであれば、相手に対し尊敬の念を持ってほしい、そしてそれはつまり、自分に対する尊敬につながると言う意見が大多数でした。そして自分の国でしないことを、ルワンダでするというのは、やはり同じように馬鹿にされているような気がするとのこと。

彼らの礼儀の欠如は、もしかしたら大国に守られていると言う甘えなのではないか、と最近つくづく思います。

人の振り見て…ではありませんが、彼らの姿を見ると、私にも反省すべき点はたくさんあるので、一人で机を叩いている場合ではありませんが…。

ルワンダの人たちは、目上の人に対して非常に礼儀正しいです。どこかでお祭りごとや集まりがあると、一張羅を着て出かけます。場合によっては、その一張羅が古くなって破れてしまっていることもありますが、それは問題ではありません。一張羅を着ていくと言う、彼らの気持ち・レスペクトが大切なのだと思います。

見かけで判断するなんて…と思う人もいるかもしれません。でも見かけは大切です。一番最初に飛び込んでくるのは見かけですから。どんなに内面にすばらしいものを持っていても、相手と対話を持たない限り、その内面をダイレクトに伝えることはできません。

皆さま、ルワンダにいる日本人は非常に少ないです。一人のとった行動で、「これが日本人だ」と思われてしまうこともあるのです。だから大胆になりつつも、相手の気持ちを考えるようにしましょう。

とは言いながらも、私も昔はそんなだったんだろうなあ。最近愚痴っぽくなって困る。

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プロジェクトXの反響

3月30日のNHK「プロジェクトX」ご覧になっていただけましたでしょうか?

放送後、たくさんの方々から連絡をいただきました。しばらく音沙汰のなかった友人や、まったく初めての人から。「これからもがんばってください!」と言う励ましのお便り、心から感謝いたします。

特に一度ルワンダにいらしたことがある人は、知っている顔(つまりガテラも含め、ワンラブのスタッフ)が出てきたことに、感激したようです。

さて、私はと言いますと。自分が出てきた映像を見ると言うのは恥ずかしく、父から送られたビデオを、こっそりとガテラと一緒に見ました。私の説明を聞きながら見るガテラ。彼も自分たちの活動が、こうやって映像になったのはとても嬉しそうです。見終わった後、二人とも口数は少な目。いろいろと感じ、新たに心に思いを持ちつつ、その日はすやすやと眠りにつきました。

次の日、番組でも登場したセザールと一緒にビデオを見ました。彼も自分の場面では嬉しそうです。そして、彼も言葉少なく、仕事に戻りました。

この番組に出させていただいたこと、感謝します。まだまだ、これからも続く活動ですが、私たちの心の中に、一つの区切りをつけてくれたことは確かです。社会に出ると、人生の区切りは自分でつけなくてはいけない。学校にいるときのように、学年があがって、春休み・夏休みと、時間を区切ってくれることはありません。だからいつも、その区切りを探しながら、毎日を過ごしているような気がします。その区切りを作ってくれたNHKに感謝すると共に、これからも活動に励みたいと思います。

そして映像に出ていた、私を育ててくれた親方。あれから私は、まだ胸を張って、親方の前に出て行くことができないでいますが、元気そうな姿を見て、胸がいっぱいになりました。これからも親方の言った「けじめが大切なんだ」と言う言葉を肝に銘じながら、生きていきたいと思います。

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隣の国からこんにちは。

最近、ワンラブの義肢製作所には、いろいろな人が訪れます。一番多いのは、義足がほしいと言ってくる人たち。お母さんやお父さんにつれられてくる子供もいます。事故で怪我をして歩くことのできないおじいさんは、孫に支えられ、杖を探しにやってきました。頑固なおじいさんなのか、どうも気に入った杖がないようです。

それから最近多いのは、外国の人たち。白人の女性に連れられて、一人の男の子が来ました。この子は親をエイズで亡くし、施設で育てられている子です。生まれながらに障害を持っているようです。それからインド人のお父さんに連れてこられた女の子。この子も生まれつき足の長さが違い、片一方の靴に補高をしました。

この間はお隣の国ブルンジから、恰幅の良いおじさんが来ました。もともと軍人さんで、戦争で足を無くしたとのことです。社会的にも地位の高い人のようで、立派で丈夫な義足を作ってくれと言う注文です。

ワンラブの義肢装具士たちは、隣の国にもワンラブパワーを見せてやるとばかりに、張り切って製作に取り掛かりました。ブルンジには、私たちのように無償で義足を配っているところはないとのこと。ずっと前に、ブルンジの国防省で働く軍人さんがワンラブを訪れてくれたことがありました。今日来たおじさんは、その軍人さんから、ワンラブの事を聞いたそうです。

おじさんにとっては、初めて履く義足。何度も、何度も仮合わせをしながら、仕上げていきます。歩行器を使いながら、歩く練習。それを見守る義肢装具士たち。お腹まわりのとても大きなおじさんで、義足を吊るためのベルトも通常のスタイルでは具合が良くないようです。みんなで知恵をしぼりながら、肩から吊り下げるタイプにまとまりました。そしてやっと、おじさんも義肢装具士たちも納得のいく義足が出来上がったようです。

出来上がったその日、おじさんは大喜び。仕上がったのは夜7時。もう少し早く出来上がっていれば、そのまま陸路ブルンジまで帰るつもりでいたそうです。でももう遅いので、出発は明日に伸ばすことに決めました。

さあ、それならばと、おじさんはワンラブの義肢装具士を集めて、ビールを振舞い始めました。「どうもありがとう。これで歩くことができる。」こちらこそ、ありがとう。わざわざ、隣の国から来てくれて。具合の悪いところがあったら、いつでも来てください。待っています。

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ワンラブ・Tシャツ出来!

ワンラブ・サポーターの皆さま!これから暑くなってくると、汗をかいて嫌ですね!でもこれで大丈夫!ワンラブ・Tシャツの登場です!現在製作中、何とか報告会でお披露目できるのではと思います。子供サイズから大人サイズまでありますので、ご家族そろって着て、暑い夏を乗り越えましょう!

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お知らせとお詫び

今回のワンラブ通信は、報告会の日程を皆さまに、いち早く伝えなくてはいけないとの思いから、あせって原稿を作り、発送に至る次第です。

いつもですと、好評の漫画を載せているのですが、時間の都合、それを省略してしまいました。ごめんなさい。

また支援をいただいた皆さまのお名前を、載せなくてはいけないのですが、それも同上の理由により、次号に合わせて載せさせていただくこと、お許しください。

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電気がないっ!

この頃ルワンダは停電が続くことしばしば。一日のうち、8時間くらいしか電気がないことも。

これは結構仕事にひびく!書類作りに追われている私はパソコンが使えないし、義足を作るために使う機械も、電気がなくてはどうしようもない。さらに夜のレストラン。これは何とか発電機を使って、お客様に迷惑のかからないようにしていますが、これにかかる燃料代も決して安くはありません。

いわく、電気を使う人口に対して供給量が少なすぎるとか、メンテナンスの最中で、直るまでに2年かかるとか、キガリ市に立派なホテルができたから、電気はすべてそっちにとられてしまうとか、もろもろの意見が出ています。またダムの水が干上がって、そこを農地として耕す人も出てきたとか…。あり得る。

う〜ん、ルワンダがんばれ!このままではレストランで出す肉も傷んでしまう!

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相変わらずボランティア募集

ワンラブでは引き続き、ボランティアを募集しています。日本の事務所でお手伝いをしてくれる人、またルワンダまで飛んで来ることのできる人、それぞれ募集中。興味のある人は、一度ご連絡をください。

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書き損じハガキをください

書き損じハガキをお願いしたところ、たくさん集まってまいりました。これが非常にありがたいと言うことが判明。通信代の節約にとても役立っています。

これから暑中見舞いなどを書く季節になりますが、失敗したハガキは捨ててしまわないで!是非ワンラブに送ってください。

どうぞよろしくお願いします。

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